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体を張って食用になったトマトの歴史

ASWOT

2013-12-10
野菜・果物・ハーブ
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今回はトマトの歴史のお話です。

トマトはペルーのアンデス高原付近が原産で、元々はミニトマトのような小さな実が鈴生りになるチェリータイプだったと考えられています。そのトマトを人や鳥類が食べながら種を拡散させ、次第にメキシコに伝わっていったとするのが有力な説です。

ヨーロッパに伝わったのは新大陸発見の頃で、実際にコロンブスが持ち帰ったのかどうかは定かではありませんが、いずれにしても大航海時代に、じゃが芋、トウモロコシ、唐辛子などと共に新大陸から旧大陸に伝わりました

しかし、その後ヨーロッパでは、猛毒を持つベラドンナに似ていたため、毒を持つ植物と信じられ食用にされなかったというのは、前回のお話の通りです。
そのトマトを最初に食べたのは、飢餓に苦しむ南イタリアの青年だったとのことです。空腹に耐えかね、観賞用のトマトを食べてみたところ、死なないばかりか美味しいことを発見したのです!
それから、トマトは、地中海沿岸の南ヨーロッパを中心に、食用に広まっていきました。こうしてマルタの主要農産物の一つになっていったわけです。

意外なことに、南米原産のトマトが北米で食べられるようになったのは、ヨーロッパよりも更に200年以上遅れたそうです。
アメリカでもやはり、毒入りだと信じられていていたそうですが、1520年にニュージャージーの農場主でもあったロバート・ジョンソン大佐が、自分で育てたトマトが食べられることを証明するために、町の裁判所前に人々を集めて、トマトを食べてみせ、毒がないことを示して以降、食用として認知されるようになったとか。
この様子を見ていた人の中には、気絶してしまう人も出るほどだったようです。また、ジョンソンの勇気ある行動を称え、後にジョンソン・デーというお祭りも開催されていたそうですから、今では信じられないような話ですが、当時の人々にトマトはかなり恐れられていたようです。

アメリカではその後トマト料理が普及しますが、今度は、当時の税法では、果物は無税だったものの、野菜には関税がかかっていたので、「トマトは果物か野菜か」の論争が巻き起こります。結局、裁判で悩みに悩んだ挙句に「トマトは野菜」という判決が下されたそうですが、今も昔もあまり変わりませんね。

日本にトマトが入ってきたのは17世紀ということですが、やはり当初は専ら観賞用に使われ、食用の歴史は、江戸の終わりか明治に入ってからだったそうです。

というわけで、トマトが地中海沿岸地方で栽培され、多くの地中海料理に使われるようになったのは、南イタリアの飢餓に苦しむ青年のおかげだったようです。
南イタリアの青年、そしてジョンソン大佐、体を張ってくださって本当にありがとうございました。

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